コアミクロの教科書を読んでいると、コンパクト集合が頻出します(特に価格理論)。
また、計量経済学の教科書を読んでいても、必ずと言っていいほど「パラメータ空間 \( \Theta \) はコンパクトであると仮定する」という一文に出会います。
なぜこれほどまでにコンパクト性が重視されるかというと、コンパクト性こそが「最適化の解(最大値・最小値)が存在すること」を保証する重要な条件だからです。
本記事では、意外と教科書で触れられていない、
「コンパクト集合の閉部分集合はコンパクトである」
という補題について、前半ではユークリッド空間における直感的なイメージで、後半では数学的に厳密な位相空間論の言葉で解説します。
この記事を読めば、経済学における数学的仮定の「意味」がスッキリ理解できるはずです。
Contents
その1:ユークリッド空間での直感的な理解
まずは、私たちが馴染みのある \( \mathbb{R}^{n} \)(ユークリッド空間)の世界で考えてみましょう。
「コンパクト = 有界 + 閉」
ユークリッド空間において、コンパクト集合とは「有界(範囲が無限に広がっていない)」かつ「閉(境界線を含んでいる)」な集合のことです。
定理の直感:箱の中の「逃げられない」壁
あるコンパクト集合 \( K \) があるとします。これは「有限の大きさで、境界がしっかり閉じている箱」のようなものです。その中に、一つの「閉集合」 \( F \) を作ります。
- 有界性: \( F \) は \( K \) の中に収まっている(部分集合)ので、親である \( K \) が有限の大きさなら、その子である \( F \) も当然、範囲が無限に広がっていくことはありません。
- 閉性:\( F \) は「閉集合」なので、自分の境界線をすべて含んでいます。
つまり、「\( F \) は無限に遠くへ行けず(有界)、境界でしっかり閉じている(閉)」。だからこそ、その部分集合もまたコンパクトになるのです。
ユークリッド空間において、
コンパクト = 有界かつ閉
その2:位相空間論による厳密な証明
ここからは少しレベルを上げて、より一般的な「位相空間」の定義を使ってこの定理を証明します。
位相空間はユークリッド空間の一般化です(ユークリッド空間 \( \subset \) 距離空間 \( \subset \) 位相空間)。
位相空間には必ずしも距離の概念が導入されていないので、上記の「コンパクト=有界+閉」の定義は、位相空間では使えません。
やや抽象度が高いですが、論理の美しさが際立つパートとなっています!
定義の確認
まず、位相空間論における「コンパクト」と「閉」の定義について言葉で確認しておきます。
- コンパクト: 集合 \( K \) の任意の「開被覆」から、必ず「有限部分被覆」を取り出せること。
- 閉集合: その補集合が開集合であること。
これらの定義をちゃんと正確に把握するために、数学的な定義も見ておきましょう。
まずは位相空間における開集合の定義です。
定義1(開集合)
集合 \( X \) に対して、その部分集合の集まり \( \mathcal{O} \) を考える。
\( \mathcal{O} \) が以下の3つの条件(位相の公理)を満たすとき、\( X \) に位相 (topology) が与えられたといい、\( \mathcal{O} \) に属する \( X \) の部分集合を \( X \) の開集合 (open set) と呼ぶ。
- \( X, \ \emptyset \in \mathcal{O} \)
- \( U_{1}, U_{2}, \ldots, U_{n} \in \mathcal{O} \) ならば \( \bigcap_{i=1}^{n} U_{i} \) となる(有限回共通部分をとる操作で閉じている)。
- \( \mathcal{O} \) に属する集合からなる族 \( \left\{ U_{\lambda} \right\}_{\lambda\in\Lambda} \) に対し、\( \bigcup_{\lambda\in\Lambda} U_{\lambda} \) となる(ユニオンをとる操作で閉じている)。
位相が与えられた集合 \( X \) と \( \mathcal{O} \) の組 \( \left( X, \mathcal{O} \right) \) (または単に \(X\) だけ)を位相空間 (topology space)という。
次に、この開集合を用いて、閉集合が定義されます。
定義2(閉集合)
\( \left( X, \mathcal{O} \right) \) を位相空間とする。
\( X \) の部分集合 \( F \) について、補集合 \( F^{c} \) が \( \mathcal{O} \) に属するとき、\( F \) を \( X \) の閉集合 (closed set) という。
以上が位相空間での閉集合の定義です。ここでは距離の概念は導入されていないため、「境界」を用いて定義されないことに注意してください。
最後に、コンパクト集合を定義します。
定義3(コンパクト集合)
\( \left( X, \mathcal{O} \right) \) を位相空間、\( S \) を \( X \) の部分集合とする。\( X \) の開集合族 \( \left\{ U_{\lambda} \right\}_{\lambda\in\Lambda} \) が
\[ S \subset \bigcup_{\lambda\in\Lambda} U_{\lambda} \]
を満たすとき、\( \left\{ U_{\lambda} \right\}_{\lambda\in\Lambda} \) を \( S \) の開被覆 (open covering / かいひふく) という。
\( S \) の任意の開被覆 \( \left\{ U_{\lambda} \right\}_{\lambda\in\Lambda} \) に対して、
\[ S \subset \bigcup_{i=1}^{n} U_{i} \]
なる \( U_{1}, U_{2}, \ldots, U_{n} \) がとれるとき、\( S \) を \( X \) のコンパクト集合 (compact set) という。
言葉でいうと、任意の開被覆が有限部分被覆をもつとき、\( S \) はコンパクトとなります。
私は「任意の開被覆が有限部分被覆をもつ」と言葉で覚えて暗唱していました。
定理:コンパクト空間 \( S \) の閉部分集合 \( F \) はコンパクトである。
【証明のステップ】
- \( F \) の任意の開被覆を \( \left\{ U_{\lambda} \right\}_{\lambda\in\Lambda} \) とします。つまり、\( F \subset \bigcup_{\lambda\in\Lambda} U_{\lambda} \) です。
- ここで、\( F \) は閉集合なので、その補集合 \( F^{c}=S\backslash F \) は開集合です。
- この \( F^{c} \) を先ほどの開被覆に加えると、\( S = F\cup F^{c} \subset \bigcup_{\lambda\in\Lambda} U_{\lambda} \cup F^{c} \) は \( S \) の開被覆になります。
- \( S \) はコンパクトなので、この開被覆から有限個を選んで \( S \) を覆うことができます。\( S \subset U_{1} \cup U_{2} \cup \cdots \cup U_{n} \cup F^{c} \)
- さて、私たちが覆いたかったのは \( F \) でした。\( F \) の要素は \( F^{c} \) には含まれません。
- したがって、上記の有限個の集合から \( F^{c} \) を除いたとしても、\( F \) を完全に覆えているはずです。\( F \subset U_{1} \cup U_{2} \cup \cdots \cup U_{n} \)
- 「任意の開被覆から有限部分被覆が選べた」ので、\( F \) はコンパクトであることが証明されました。
まとめ:なぜこの知識が経済学で使えるのか
この補題は、計量経済学の Extremum Estimator(極値推定)で使うことができます。
使用例は、Identifiable Uniqueness を示す際なのですが、パラメータ空間 \( \Theta \) がコンパクトであれば、どんな \( \varepsilon>0 \) をとっても
\[ \Theta \backslash B\left( \theta_{0},\varepsilon \right) = \Theta \cap B\left( \theta_{0},\varepsilon \right)^{c} \]
はコンパクトとなります(\( B\left( \theta_{0},\varepsilon \right) \) は開球なので \( B\left( \theta_{0},\varepsilon \right)^{c} \) は閉)。